有明海におけるシャットネラ赤潮と鉄

12.01

ビーエルテックニュース

有明海におけるシャットネラ赤潮と鉄

九州大学 名誉教授 本城凡夫

九州大学農学部の石尾先生は1980年日本水産学会講演要旨に、「富栄養化した瀬戸内海ではシャットネラ(Chattonella)などの赤潮が発生しているが、北部有明海ではノリ養殖のために多量の窒素施肥がなされて富栄養化しているにもかかわらず、赤潮の著しい発生を見ない(文章一部改変)」と書かれている。ところが、有明海異変を取り扱う農林水産省の委員会資料を見て、1990年代からシャットネラ(C.antiquaとC.marina)の発生件数が顕著に増加していることに驚いた。石尾先生は有明海特有の速い流れによる攪拌のため、泥が酸化されてFePO4からリンが溶解せずに、発生がないのであろうと要旨の最後で推測されている。

私はヘテロシグマ(Heterosigma akashiwo)の増殖を促進させる物質は還元の進んだ泥やpH7付近まで低下した貧 酸素水塊の中に含まれていることを知った。しかし、貧酸素水を多量に現場から採取してその中から物質を探索するのはとても困難である。そこで、泥と海水を混合してpHを7まで低下させ、一晩放置後、pHを8.2に戻した上澄液の少量を窒素とリンを加えた海水に添加したところ、この培地でヘテロシグマは高い増殖速度を示した。さらに、増殖に関係している物質は金属とアミン系の物質であり、ヘテロシグマの増殖は生物検定により微量な鉄の添加で促進された。 同時に、シャットネラの増殖もまた溶存鉄の添加によって濃度依存的に促進されることが判った。有明海における1990 年頃からのシャットネラ赤潮発生件数の増加は海水中の鉄の増加のためであろうか。

通常、海水中に鉄はほとんど溶存しない。海底泥ではFePO4で表現されることが多いが、実際はFe(OH)3にPO4が 吸着した形で存在していると考えられており、還元状態の進行とpH低下による影響でリンが鉄との沈殿物から容易に放出され、同時に鉄の海水への放出も生じる。石尾先生は泥からのリンの供給不足に注目されたが、1980年以前、シャットネラに対して鉄もまた供給不足に陥っていたと考えられる。シャットネラは溶存鉄だけでなくコロイド鉄も利用できる。すなわち、pH8.2に調整したEDTA無添加培地で鉄はコロイドになっているのに、シャットネラはこの培地で増殖するのである。では、細胞膜が直接海水と接しているシャットネラがどのようにしてコロイド鉄を利用するのか。ヘテロシグマやシャットネラ 細胞表面に発見されたグリコカリックスがその役割を果たしている可能性がある。グリコカリックスは多糖-タンパク質複合体から成っている細胞組織の一部で、細胞膜からこの組織に鉄溶解酵素などが分泌されても不思議ではない。

佐賀大学による有明海におけるここ数年の測定で、北部有明海の泥に鉄が高濃度に含まれていることが確認された。そして、流れが以前より遅くなった北部有明海では貧酸素水塊が形成されるようになった。ここに、還元化が進行した泥間隙水や貧酸素水塊の溶存鉄やコロイド鉄を利用し、シャットネラは赤潮を頻度高く形成できるようになったという仮説が成立する。果たして、夏季に海水中の溶存鉄やコロイド鉄が実際に増加しているのであろうか。鉄測定法の煩わしさはこの仮説の解明を遅らせている。私はフレームレス原子吸光法や比色法で鉄を測定したことがあるが、オート マティックに誰でも簡易に鉄を測定できる技術開発を嘱望していることは私だけではないであろう。

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