2004年9月号

ビーエルテック社の目指すところ

代表取締役 西村邦夫

 今から50年前、米国オハイオ州クリーブランドにある在郷軍人病院の臨床検査室の生化学部の主任であったLeonardT.Skeggs博士が、当時としてはこの病院の検査室の設備はかなり進んでいたとはいえ、日々医師から要求のある3万5千検体以上の検査件数の処理を十分に行なえない事、また検査の精度のバラツキが大きな点から分析検査を自動的におこなえる分析装置の開発を始めました。

SkeggS博士の考えだした連続的に試料および試薬を一本のチューブ内に流しながら自動的に化学分析をおこなわせる方式は、その後、連続流れ方式と呼ばれ、自動{ヒ学分析という新しい技術分野を開く先駆けとなりましたが、そのきっかけは多数の検体を持ち、精度高く処理しなければならない事と繰り返し作業である条件が分析装置開発の条件に合致したということで、いわゆる”必要は発明の母”といわれる条件が存在したといえます。よい発明が完成に至るまでには、その発明とする外的な条件が常に存在しているということです。

 

 ここで見落としてはならないのは、Skeggs博士が開発した自動分析装置はプロトタイプであり、この装置をオートアナライザーと名づけ、3年かけて市場化したテクニコン社の努力があったという事です。

 

 ところで、ビーエルテック社は2002年7月に設立した当初よりテクニコン社の連続流れ方式技術の真の継承者として開発指向型企業としての信念を持って分析装置の開発に積極的に取り組んできました。その成果、現場型の自動分析装置としてSTAT1000、STAT2000、AACS4を開発し市場に送り出す事が出来ました。

今年度後半にはもう一機種、連続流れ方式の新機種がビーエルテック社の製品群に加わる予定です。また、海外の企業との提携も積極的に進めており、近赤外分析装置は国内で開発を進めているだけでなく、米国のUnityScientific社とも提携し、ブランルーべ社が製造中止に至った、インフラライザーシリーズと互換性のある装置の日本市場での販売を開始しました。さらに、イギリスのSeal社と提携して気泡分節技術を持つユニークなディスクリート方式の自動分析装置も販売を開始します。

 

 これら海外からの装置もただ単に輸入した装置をそのまま販売するのではなく、日本の顧客ニーズに適合できるようにモディフィケーションを行い、自信を持ってお客様に提供できる製品に変身させていきます。

 

 今年4月に東京の日本橋に150坪のオフィスを借りて、そのオフィスに研究開発室を開設しました。初代開発室長にはブランルーべ社の技術統括部長だった埜村朋之を、また技術部長には技術スペシャルリストとして定評の高い川本和信を迎え、彼等の下に強い研究者を配属して、50年前のテクニコン社のその精神の継承者として装置開発を進めて行きます。

 

 ところで、かってのテクニコン社がそうであったようにオートアナライザーの開発はテクニコン社の研究スタッフによるものが多いですが、非常に多くのものが外部の研究者や技術者との共同研究や、またその成果を積極的に採用し応用発展させることでオートアナライザーの可能性を伸ばして行けたといっても過言ではありません。

 

 このように顧客とビーエルテック社の技術研鏡の共同の場として皆様のご期待にそえられるように来春は新生ビーエルテックとして全く新しい企画でビーエルテックオートアナライザー研究会を企画しております。

 

 ビーエルテック社は皆様方と共生共栄の理念をもって最良の自動化学分析装置をこ使用頂けるように装置の開発に取り組んで行きますので、皆様方のご指導ご鞭推のほど宜しくお願いします。

 


北海道の良食味米育種とオートアナライザー及びインフラライザー

北海道立中央農業試験場 生産システム部長 稲津脩

 

 

 今になって思えば昭和40年代、それは北海道の稲作にとって、長く苦しい時代のはじまりを予感させるに十分な時期でありました。その最大の要因は米の品質とりわけ食味が著しく劣っていることでした。当時の北海道のご飯は固く「ボロボロ、モソモソ」しており、関東で「鳥またぎ米」、関西で「忍者米」などと悪評だったのです。当時の稲作は北海道の農業収人のほぼ40%近くを担っており、そこには米を生活の糧としている人々が70万人近くいました。そのほとんどは明治年間に新しい生活を求め府県から移住した人々や敗戦で千島、樺太、満州から帰国を余儀なくされた人々でした。北海道の稲作農民は戦後における国民の食料難を解消するために寒冷の地を言語に尽くしがたい苦労を重ねて開田し、多くの苦難を乗り越えて増産をはたし、生活の確保が見えてきた矢先のことでした。こうした人々は「美味しい米を作りたい」願いにも近い思いを持っていました。

 

 道立農業試験場の稲研究にたづさわっている者は痛いほどこの思いを理解していましたが、当時は北海道の米がなぜ美味しくないのか、その原因は何なのかがほとんど分かっていませんでした。当時の道立農業試験場稲研究部長小山八十八氏は26才前後の生意気ざかりの研究員4~5人を集めて、美味しい米生産技術開発餅究をやりたい研究員には研修や予算、備品など十分に与えるがやってみないかとの設問を投げかけられました。当時この研究を始めることは「勝算のない戦線を開く」ようなもので誰もが足踏みしました。しかし、道立農業試験場の稲研関係の若手研究員にとってはすでに退路のないことも知っていました。こうして、北海道米の食味向上に関する技術開発は土壌肥料や稲育種を専門とする若手研究者数人でスタートしたのです。

 

 未熟な若手研究者は何れもいつ撤収しても良いように腰が大きくひけていました。この引けた腰がこの研究と心中しても良いと思うように変身できたきっかけは昭和50年の始めに農林水産省食糧研究所、貝沼圭二氏の研究室に研修に行ったときからです。氏は当時オートアナライザーⅠ型を駆使して、α-アミラーゼの活性を自動的に連続分析していました。この機械の説明の最中、「これをアミロース分析に活用し、品種改良してみたら」あれから30年ちかくたつ今でも忘れることの出来ない言葉でした。この一言が腰の引けた研究員を変身させてくれました。この変身を見抜いてか、当時の稲作部長長内俊一氏はオートアナライザーⅡ型を導入すべく奔走しました。

 

 昭和53年には北海道農政部 上田恒夫氏(後に副知事)の大きな理解と協力により、オートアナライザーⅡ型が道立農業試験場に導入されました。ここから、オートアナライザーⅡ型でアミロース分析を少量で連続流れ分析するための研究がスタートしました。導入されたのは昭和53年の8月頃です。アミロース含有率を安定的に数千点自動流れ分析できるようにするために溶解、発色、連続性、定量生などの検討が必要となり、この実験は苦労の連続でありましたが、6ケ月後には一点のサンプル量100mg、3分の短時間で数千点の連続流れ分析が可能な手法を完成しました。この年から、北海道ではほぼ10年間にわたり1~2万点の育種材料のアミロース含量が分析されました。

 

 昭和55年には食味成分の解析も進みアミロース含有率と蛋自合有率が食味低下の2大要因であることが解明されました。蛋自含有率はケルダール法によって分析していたので、余りもの多くの時間と労力を要し、育種選抜には少量のサンプル量で多くの材料を迅速に分析できることが重要となるため、なんとしても自動分析装置の導人が必要でした。昭和52年の初冬にオートアナライザーⅡ型を導入するためにハザマビルで営業していた日本テクニコン社に伺う機会が多く、そこで説明を受けたことですが、テクニコン社では新製品としてインフラライザー400型が1年後に発売され、デモ機は昭和54年頃に日本テク二コン社に配置されるとの情報を得ました。すぐに当時の近赤外分析の若手権威者であった農林水産省食料研究所、岩元睦夫氏の論文、総説を勉強しました。この性能は少量のサンプルを非破壊で迅速、低コストで蛋白を分析でき、米育種選抜にピッタリなものでした。見もしない機器の導入に迷いは完全に払拭され、インフラライザー400型の導入を提案しました。インフラライザー400型は昭和55年に「優良米の早期開発研究」のスタートに当たっての重要な備品として導入しました。導入後すぐにインフラライザー400型を用いた米の蛋白含有率の測定法が検討され、測定条件としては米粉の粒度や測定温度と一定にすることなどを解明し、分析方法が確立されました。翌年には育種材料をほぼ1万点分析していました。

 

 日本で始めて北海道の品種開発に導入されたオートアナライザーⅡ型、インフラライザー400型は稲作農業の切ないまでの思いに答えるかのように「ゆきひかり」「きらら397」「ほしのゆめ」「ななつぼし」「ふっくりんこ」などの府県産米と変わらない良食味品種誕生の礎となりました。分析機器はたかが分析機器と言われる人も多いのですが、ここで示したように稲作農民の願いの達成や消費者の評価をいただく、研究の原動力となり得るものです。新しく誕生したビーエルテック社はぜひ機械の販売、その裏にある大きな実需者の思いとそこから生まれる果実、社会に果たす公共性を熟慮いただくとともに分析技術と機器を販売することを旨とし、実需者と信頼の絆で堅く結ばれ、大きく発展されんことを心から念願いたします。

 


AAに最適な海水ベースの栄養塩標準参照物質

ビーエルテック株式会社 技術部 服部裕史

 天然水(海水や淡水)を含む天然試料中の微量成分を高精度に定量するには、通常の分析と比較しでも様々なことに注意を払わなければならない。これは分析にたずさわる者にとって容易に理解できることではある。しかし、それを長期的かつ分析者間誤差無しに続けるのは、個々の分析者(研究者)にとって非常に困難を要するのも事実である。微量分析の場合は、なおさらである。

 

 近年、天然水の中でも特に長期的で高精度な微量成分分析を必要としているもののーつに、海水中の栄養塩類(硝酸、亜硝酸、りん酸、ケイ酸)がある。これらの成分は、海水中の植物プランクトンなどの微生物類が、表層水中(0-300m )で行う基礎生産活動(光合成)と強く結びついている。ごく簡単に言うと、植物プランクトンの海水中のCO2や栄養塩類などの無機物を摂取し、有機物を合成する活動であり、同時に体内に炭素、窒素、りん、ケイ素を蓄積する。その後、これらの死骸や排池物が深層水中へと沈降し、再び海水中に溶解することによって、一つの大きな物質循環が成り立っでいるのである。海洋学においてこの循環の量的、質的な把握は、将来的な全地球規模での物質変遷、地球温暖化現象の解明に繋がる為、非常に重要な項目であると考えられている。

 

 このような背景を基に、(株)関西総合環境センター(KANSO)では、1990年から現在に至るまで、種々の海洋調査に参加し、高精度な分析に取り組み蓄積した膨大なデータと経験から、栄養塩測定のための参照物質(Referencd Material : RM )の必要性を認識し、その開発を行った。これは、先に述ペた栄養塩類の時空間変動を、世界中の研究者間で比較することの出来る「ものさし」を供給することになり、今後、各研究者(研究機関)間のデータを比較することや、分析誤差を小さくすることに大きく貢献出来る。このRM は、実際に太平洋上で大量に海水を採取し、それをインラインろ過、高温高圧処理を行っている。

 

 平成16年3月には、大阪府交野市に大型オートクレーブやクリーンルームを擁する参照物質専用製造施設を建設し、本格的な供給を進めている。KANSOのRM は、次のような特徴を有する。

 

 ・100ml ボトル単位で供給

 ・天然海水100 %

 ・一つのボトルで硝酸、亜硝酸、りん酸、ケイ酸が含まれている

 ・オートクレーブ処理を行っているため、水銀など無添加で、使用後の廃棄処理も何ら気にする必要がない

 ・高濃度から低濃度まで力バーしている為、様々 な濃度の試料にも対応でき、希釈操作を必要とせず開封後すぐに使用できる

 

 ビーエルテックはKANSOのRM使用を念頭においた新たなオペレーションソフトを開発中であり、まもなく完成する。このオペレーションソフトは次のような特徴を有するものであり、今後、栄養塩分析者だけに限らず、様々な分析者に大いに活用されるであろう。

 

 ・RM による検量線管理やデータ管理 ・還元率補正等、新たな概念が盛り込まれている

 ・マルチチャンネル、フルオートメーション等にも対応

 

 これまで、いくつかの機関から提供された栄養塩RM は、その安定性や海水対応性について、必ずしもユーザーの二ーズを満足するものではなく、栄養塩分析者や海洋学者の間で大きな悩みの種であった。このオペレーションソフトとRM は、オートアナライザーでの使用において何ら煩わしい操作が必要ないこともこれまでと大きく異なる点である。

 

 近い将来、オートアナライザーが栄養塩類分析のGlobal Standardとなっているように、KANSOのRMもGlobal Standardとなると確信している。

 

発行/ビーエルテック株式会社

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